箭根森八幡宮例大祭 2019年

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「のへの」エリアではありませんが、下北半島のむつ市大畑の後、マグロで有名な大間町の南、佐井村は箭根森八幡宮例大祭(やのねもりはちまんぐうれいたいさい)も見ました。
こちらも祇園祭の流れを汲んでいます。
むつ市の田名部まつり同様、お祭り最終日の夜22時30分頃からがクライマックスと聞いたので、それをめがけて行ってきました。
見たのは9月16日(月・祝)の夜。そう、三連休最終日の夜です。

この系統の祭りは夜になると化粧を纏います。
その姿は美しく、本州北の最果ての町にこんな素敵な祭りがあることに驚きました。
2台の山車が出ていて、夜22時半までは、佐井村の町の中を屋台を引っ張って、途中協議をしているようで、「40分後に行列再開」等と言って一度解散し、また集まって行列を再開。
佐井村の山車が通る通り沿いの家々には赤い提灯が灯っていて、どうやら家のリビングを宴会できるようにしつらえて、行列のその合間の休憩に祭りに出ている人たちと酒を飲み交わしている感じでした。

そして22時45分、三連休最終日の夜なのに、佐井村の箭根森八幡宮にはびっくりするくらいの人が集まっていました。
二人で舞う神楽が二組、箭根森八幡宮に舞いを奉納。
東北町の乙供もそうでしたが、郡部に行くほど神楽がうまい。キレがあって見入りました。
その後、近くに停めていた二台の山車がそれぞれの町に戻るため、先に一組が出ます。
それをもう一台の組の人が提灯を上に掲げて見送る二車別れが行われました。

地域の人に支えられた、地域とともにあるお祭り。
たまには息苦しく感じるかもしれないけれど、その光景が美しいと思いました。
その後、大間にとっていた民宿に0時頃戻ったら、他のお客さんに玄関の鍵を締められたようで、僕は大間崎でまさかの車中泊をしたのでした。
忘れられない経験になりました。

大畑八幡宮例大祭 2019年

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「のへの」エリアではありませんが、2019年9月16日に青森県の下北半島も行きました。
見たのは、むつ市大畑のお祭り、大畑八幡宮例大祭。
初めて見たので勝手がわかりませんでした。
行列というので、三社大祭とかの「行列」を想像して行きましたが、しょっちゅう家々の前で止まって舞いや神楽を披露して全然進みません。
おそらく期間中のコースは毎日違い、行列の通り道の家の人は行列の日、通る時間あたりに家で待っていて、通る時に御祝儀を差し上げて、そのお礼に舞っているのだと思います。
半纏を羽織ってるお祭り参加者も、結構行列から抜けたり、また加わったりしている感じ。
通行人のほとんどが半纏を羽織ってる人。
だから全然観光化されてないし、傍から見るとすんごいのんびりしたお祭りに見えます。
でも、本来のお祭りってこういうことなんだろうな、と感じました。

浄法寺まつり 2019年

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岩手県二戸市浄法寺で、2019年9月15日に浄法寺まつりを見ました。
南部地方は山車まつりの文化で、その山車には八戸型と盛岡型があります。
浄法寺の山車は、台車こそ木製ではないものの、やや大ぶりの人形1〜2体を正面につけるシンプルな場面の山車の造りは盛岡型。
お囃子も盛岡的で、八戸三社大祭とは違いました。
ただ、お囃子の掛け声に「やーれ、やーれ、やーれ、やーれー」があるのは、同じ系統の祭りであることを思い出させてくれました。
浄法寺の人形は一戸から借りたもの、という情報が後日SNS経由でもらいました。
盛岡型の山車も、山車の貸し借りがあるようです。

名川秋まつり 2019年

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2019年9月10日、八戸市の隣町、南部町剣吉地区の秋祭り、「名川秋まつり」の最終日「お還り」の行列を初めて見ました。
お囃子が八戸の三社大祭に近くて、なかには三味線付きのお囃子の組もあって新鮮! と思って見てたら、近づく山車の中から呼ぶ声が。
えんぶりの烏帽子製作者で生き地引で民謡もされる、大変お世話になっている知人だったのでした。
彼曰く、初日の行事「お通り」と最終日の「お還り」でお囃子が違うのだそう。
そして、南部町は南部手踊りが有名で、夕方からは山車の上で手踊りも舞うそうで、それを見なきゃ見たうちにはいらないみたい。
ということで、山車は野辺地のように二階建てで、一階が囃子方。
あと他の町に比べて、出ている子どもが高校生より小中学生中心と思われ、子どもたちの浴衣をはたく姿は見られないどころかしっかりしていました。

日の本中央まつり 2019年

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2019年9月8日は、七戸町で「しちのへ秋まつり」を見た後、東側の隣町、東北町は乙供地区の秋祭り「日の本中央まつり」も見ました。
お祭りは中高生くらいでしょうか、若者が多くて、だからでしょうかチャキチャキしてて元気でした。
そして何より驚いたのは、見たのがお祭り最終日のクライマックスでしたが、神楽のお囃子を若者がアグレッシブにやって、みんなで盛り上がってる。
僕はその光景を見て、目頭を熱くしました。
見れてよかったです。

しちのへ秋まつり 2019年

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2019年9月8日に、青森県七戸町で「しちのへ秋まつり」を見ました。
七戸の山車は、七戸も馬産地で絵馬が有名なことから、見返しが絵馬になっている絵馬型風流山車なのが特徴です。
行列で橋を渡るシーンは八戸で見られない光景。少し萌えますね。

十和田市秋まつり 2019年

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十和田市秋まつりを2019年9月7日に見ました。
お囃子に力が入っていました。
組によって、太鼓を載せる太鼓車と風流山車が連結された組、風流山車一台に太鼓を載せた組、太鼓車だけの組とバラバラ。
太鼓車には、旧南部藩領だった秋田県鹿角市の花輪ばやしの屋台の影響を受けたようなものがあったり。
でも、ウマジンのパレード有り、御輿アリのその自由さが十和田だと納得。
若い人も結構参加していて、夜間運行を見たこともあって盛り上がりがすごかったです。
そして、八戸と同じように、普段そこまで人が居ないのに、こんなに人いたっけ?っていうくらい、人であふれていました。

のへじ祇園まつり 2019年

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2019年8月25日に、青森県野辺地町のお祭り、「のへじ祇園まつり」を初めて見ました。
野辺地町は青森市の少し東側で、南部藩と津軽藩の境目の湊町。
藩政時代から南部藩一の北前船の発着地として栄えたそうです。
その北前船からもたらされたもののひとつが京都の祇園祭。
下北半島にも祇園祭は伝わっていて、むつ市の田名部まつりを筆頭に、下北半島各地に伝わっています。
下北半島の祇園祭は山とか鉾なのかな(詳しくなくてすみません)なんですが、のへじ祇園まつりで曳くのは風流山車。
山車は二階建てになっていて、一階に囃子方、二階が山車です。
お囃子が祇園を思わせる優麗でおっとりして、どこかはかなさのあるもので、少女たちの消えていくような掛け声は、なんかくせになりそうな雅さがありました。

「のへの ISSUE 2」発行しました

青森県南部と岩手県北部にまたがって広がる一戸から九戸までの戸(のへ)の地域。
このエリアのものづくりを取材し、地域の情報を合わせて発信することで、戸の人は他所の戸を知り、離れた地域の方には戸全体の情報発信をすることで、戸とつながる関係人口をつくる株式会社シュウヘンカ企画協力で、取材、執筆、編集、写真、デザイン、広告、事務まで全て髙坂真が一人で行う「のへの」、2021年11月にISSUE 2を発行しました。

特集1は、八戸の郷土玩具 八幡馬。
現在の作り手が、伝統的な鉈の一刀彫で製作する大久保直次郎さんと、機械製作で製作する株式会社八幡馬さん。
両者を取材しつつ、前段に歴史や概要をまとめました。
歴史概要は、主要な古い八幡馬の写真を多用し、わかりやすくまとめています。
二組の作り手は、それぞれの歴史や作り方工程の記録も行ったほか、「八幡馬のうた」の歌詞やレコードジャケットも許可を得て掲載しています。

特集2は、のへの日常を旅するとして一戸町を14ページにわたって独自にまとめました。
出版してから、一戸の方からは、一戸ってこんなに良い街だったんだ、などの声。
他所の戸の人からは、一戸知らなかった、行ってみたい、という声をいただいています。

他にも戸のマニアックな情報が掲載されています。
今回の号には、2018年にフリーペーパーで出した1号目の活版印刷・武内印刷特集 復刻版が付録でついてきます。
是非お買い求めください。損はさせません。
取扱店一覧はこちら
 ネットでもご購入できます。)

のへの ISSUE 2
定価1,200円(税込)
B5変形サイズ、72ページ、全ページカラー

目次
特集1 八幡馬
馬産地「戸」に伝わる八戸の郷土玩具 八幡馬
伝統的な鉈の一刀彫で製作する 大久保直次郎
八幡馬で八戸の観光と経済に貢献 株式会社八幡馬
まちにとけこむ八幡馬
取材を終えて

のへの逸品 雑穀かりん糖/相馬屋 二戸市

特集2 のへの日常を旅する 一戸町

Discover NOHENO 野辺地町立歴史民俗資料館

のへのふうけい 郷土芸能 えんぶり

あなたはなぜ、ここにいるのですか? 大原圭太郎/本吉勝也/梅内道子

八幡馬取材日記

ISSUE 2「八幡馬」号のための下調べをしています。

現在、八幡馬を製造しているのは大久保直次郎さんと株式会社八幡馬さん。株式会社八幡馬さんの方は、会社として従業員の方が機械等を用いて製造しています。一方の直次郎さんは、鉈の一刀彫で伝統的な八幡馬を作り続けているので、どうしても比べられてしまうと思います。僕も、株式会社八幡馬さんの方は正直わからないことが多いと思ってました。今回八幡馬で1冊作るにあたり、やっぱり両者を伝えなければいけないと思い、株式会社八幡馬の高橋社長にお話しを伺ってきました。

私、Uターンしてから地元のことを時々調べていて、1973年の新聞記事を以前図書館で見つけていたんです。「八幡馬作りの名人 福沢章雄さん(88)」。株式会社八幡馬の前進、八幡馬製造 合資会社の初代社長をされた方で、株式会社八幡馬さんが現在作る八幡馬の元になるデザインを作られた方です。記事は、土産物としての八幡馬を開発したとありましたが、記事を見つけた時は正直心に響かなかったんです。でも、今回あらためて資料を調べたり、福沢さんを切り口に高橋社長にお話しを伺ったら面白かった。

株式会社八幡馬さんは、八戸のために八幡馬を土産物にしようと、直次郎さんのような職人ではなく労働者が作れるデザインにして、機械化を取り入れて手頃に手に取れる価格にして、そして八幡馬を一番PRしてきました。現在の八幡馬の知名度貢献に、おそらく一番尽力されている。八幡馬の胸の模様に八戸にまつわるウミネコや菊の花などを描くことも、八戸市民には盆踊りの歌でお馴染みの「八幡馬のうた」の制作も、八幡馬の子どもたちへの絵付け体験・八幡馬の紹介も、八戸の観光と経済のため。戦後再スタートした時は、戦争で旦那さんを亡くした女性の収入をつくるという、社会貢献もされてきました。

直次郎さんが作る民藝としての八幡馬とは少し違うかもしれません。でも、地域に貢献しようと尽力されてきた会社であることを伝えることで、これまでと違う新たな価値を「のへの」で伝えたい、八幡馬を後世に残したいと尽力されていることを伝えたい、そう思いました。